← 転生転移銀歯独占 〜銀河を独占するはずが、神さまの誤変換で世界中の銀歯を独占しました〜
プロローグ
プロローグ:銀河のはずが銀歯でした
人は死ぬと、神さまに会うらしい。
少なくとも、俺は今まさに会っていた。
真っ白な空間。
床も壁も天井もない、ふわふわした場所。
目の前には、白いひげを胸元まで伸ばした老人が、雲みたいな椅子に腰かけている。
老人は、いかにも神さまです、という顔で俺を見下ろしていた。
「ふむ。若くして命を落とすとは、まことに気の毒じゃったのう」
「は、はあ……」
正直、まだ実感はなかった。
俺はたしか、コンビニで買った新作アイスを片手に帰宅していたはずだ。
それが気づけば、ここにいた。
死因を聞く勇気はない。
たぶん聞いたら、二度とアイスを食べられなくなる気がした。
「しかし安心せい。おぬしには特別に、次の世界で役立つ力を授けよう」
「力……ですか?」
「そうじゃ。普通ならば、ちょっとした身体強化や魔法適性程度なのじゃがな。おぬしは本来より少しばかり早くこちらへ来てしまった。ゆえに、今回は特別じゃ」
神さまは、懐から古びた板のようなものを取り出した。
木簡かと思ったが、よく見ると表面に光る文字が並んでいる。
神界タブレットだった。
神さまはそれを人差し指でぽちぽち押しながら、得意げに笑う。
「おぬしに授けるのは、神域級スキル――」
ごくり、と喉が鳴った。
「《転生転移銀河独占》じゃ」
「……銀河独占?」
「うむ。転生も転移も自由自在。世界を越え、星を越え、銀河すらその手にできる。まさに天上天下、唯我独尊の力じゃな」
「強すぎません!?」
転生も転移も自由。
しかも銀河を独占。
何をどうしたらそんな能力を一般人に渡していいという判断になるのか。
だが、もらえるならもらう。
遠慮している場合ではない。
「よいよい。おぬしの第二の人生、派手に楽しむがよい」
神さまは、タブレットに向かって最後の一文字を入力した。
ピコン♪
軽い電子音が鳴った。
目の前に、金色の文字が浮かび上がる。
――スキルを獲得しました。
――《転生転移銀歯独占》
「…………」
「…………」
空気の流れが止まった。
俺は、浮かび上がった文字を三度見した。
転生。
転移。
銀歯。
独占。
「……あの」
「なんじゃ」
「銀歯って書いてあります」
「銀河じゃ」
「いや、銀歯です」
「よく見るのじゃ」
「よく見ても銀歯です」
神さまは目を細め、浮かんでいる文字に顔を近づけた。
「…………」
そして、ぽつりと言った。
「おお、まちがえてしもた……」
「まちがえた!?」
「すまんな、最近老眼での……」
「いや、老眼でって……」
神さまは申し訳なさそうに、白いひげを撫でた。
「いやはや、困ったのう。本来は《銀河》と入れるつもりじゃったんじゃが、予測変換がのう」
「神界にも予測変換あるんですか!?」
「便利じゃぞ」
「今、それで被害が出ましたよ!?」
俺はもう一度、目の前に浮かび上がる文字を見た。
《転生転移銀歯独占》。
意味がわからない。
強そうな単語の間に、急に歯科医院の気配が混ざっている。
「これ、どういう効果なんですか」
「ふむ」
神さまはタブレットを操作し、説明文を表示した。
――《転生転移銀歯独占》
世界中に存在する銀歯の所有権を独占する。
所有対象となった銀歯の位置と状態を把握できる。
対象に対して感情を乗せることで、必要に応じて所有権を主張できる。
「いらない!!」
俺の叫びが、白い空間に響いた。
「銀歯の所有権を主張してどうするんですか!」
「まあ、何かに使えるかもしれん」
「使えないでしょう! 異世界で最初にやることが他人の銀歯の所有権主張って嫌すぎる!」
「落ち着くのじゃ。代わりにと言ってはなんじゃが、このスキルも授けよう」
「代わり……!」
俺はわずかに希望を取り戻した。
そうだ。
神さまもさすがに悪いと思っている。
銀河独占とまではいかなくても、まともなスキルを追加してくれるはずだ。
「じゃが、流石にさっきので相当な力を使ったもんだから、同等のは無理じゃが」
「それでもいいです。銀歯独占スキルより使えるなら何でもいいです」
「では、授けよう」
神さまがタブレットをぽちりと押す。
ぴこん。
――スキルを獲得しました。
――《歯磨き上手》
「帰らせろ!!」
俺は本気で叫んだ。
「どうじゃ。歯に関するスキル同士、相性がよかろう」
「よくないです! 銀河から歯科医に事業転換してるんですよ!」
「何事も健康が一番じゃ」
「そういう話じゃない!」
神さまは、こほんと咳払いした。
「まあ、授けてしまったものは仕方あるまい」
「仕方あるまいじゃないですよ」
「おぬしにはこれより、剣と魔法の異世界へ行ってもらう」
「このスキルで?」
「うむ」
「銀歯独占と歯磨き上手で?」
「うむ」
「魔物とか出ます?」
「出る」
「終わった」
俺はその場に膝をついた。
だが、ここには床という概念がないらしい。膝立ちのようなただ中途半端な姿勢で浮いただけだった。
神さまは、そんな俺を気の毒そうに見つめる。
「案ずるな。運命とは、どこでどう転ぶかわからぬものじゃ」
「銀歯に転んだんですけど」
「それもまた運命じゃ」
「嫌すぎる運命ですね」
足元に光の輪が広がる。
どうやらもう時間らしい。
俺の身体が、少しずつ光に包まれていく。
「では、達者でな」
「ちょ、ちょっと待ってください! せめて説明を! 所有権主張って具体的に何ができるんですか!?」
「そのあたりは現地で試すがよい」
「現地で試すタイプのスキルじゃないでしょう!」
視界が白く染まる。
最後に見えたのは、神さまが小さく手を振る姿だった。
「ああ、そうじゃ。ひとつだけ忠告しておく」
「なんですか!」
「歯は大切にするのじゃぞ」
「俺の銀河を返せえええええええええええええええ!!」
俺の叫びは、白い空間に飲み込まれた。