← 転生転移銀歯独占 〜銀河を独占するはずが、神さまの誤変換で世界中の銀歯を独占しました〜

第1話

第1話:銀歯の所有者、盗賊を倒す

本文フォント
文字サイズ

 目を覚ますと、俺は草原に倒れていた。

「俺、ほんとに異世界に来たのか。」

 青い空。
 遠くに見える城壁。
 腰には剣もない。
 魔法の杖もない。
 あるのは、神さまから押しつけられた謎スキルだけ。

「……ステータス」

 恐る恐るつぶやくと、半透明の板が目の前に浮かんだ。

 名前:アヤト
 種族:人間
 スキル:《転生転移独占》《歯磨き上手》

「見間違いじゃなかった……」

 俺は草原に倒れたまま、空を見上げた。

「終わった。完全に終わった。異世界で銀歯を独占してどうしろっていうんだよ……」

 その時だった。

 頭の中に、突然、妙な感覚が流れ込んできた。

 点。
 点。
 点。

 遠くに、小さな反応がいくつもある。

「……なんだこれ」

 目を閉じると、地図のようなものが頭の中に広がった。
 そこには、光る点がいくつも浮かんでいる。

 スキルが告げる。

 ――所有銀歯を検出しました。
 ――最寄りの所有銀歯まで、北東に三百二十メートル。

「所有銀歯ってなんだよ」

 行きたくない。
 できれば一生関わりたくない。
 だが、他に手がかりはなかった。

 俺は重い足取りで、光る点の方へ歩き出した。

 しばらく進むと、道端に馬車が倒れていた。
 車輪は壊れ、荷物は散乱し、護衛らしき男たちが倒れている。

 そして、馬車のそばで、ひとりの少女が盗賊に囲まれていた。

「へへっ、金目のものを全部置いていきな」

「や、やめてください……!」

 まずい。
 完全に異世界イベントだ。

 でも俺にできることはない。
 戦闘スキルはない。
 魔法も使えない。
 あるのは銀歯だけ。

 俺は頭の中の地図を見た。
 光る点は、盗賊のひとりの口元にあるようだ。

「……まさか」

 助けたい。
 そう思った。
 正義感というには弱い。
 でも、目の前で泣きそうになっている少女を見捨てられるほど、俺は器用じゃなかった。

「何ができるかは自分でも分からないが、とにかくやってみるしかない」
 
 俺は小声でつぶやいた。

「所有権、主張」

 その瞬間。

「ぎゃあああああああああああああああ!」

 盗賊が、いきなり頬を押さえて転げ回った。

「親分!?」

「どうしたんですか親分!」

「お、奥歯が! 奥歯が急に自己主張してきやがった!」

「奥歯が自己主張!? ちょっと意味がわからんです親分!」

 盗賊は、突然の奥歯の痛みに悶ながら、こう言い放った。
 
「てめえ、俺の奥歯に何しやがった!!」

 俺も聞きたい。
 いったい何が起きているんだ。

 その時、スキル表示が出た。

 ――所有銀歯に対する所有権主張に成功しました。
 ――対象の噛み合わせに干渉しました。

「噛み合わせに干渉ってなに!?」

 盗賊の親分は地面を転がりながら叫んでいる。

「噛み合わせが! 噛み合わせが急に俺の人生を否定してくる!」

「いや、人生否定ってどんな痛みだよ!」

 だが、効果は抜群だった。
 親分が倒れたことで、残りの盗賊たちが一斉に動揺する。

「な、なんだ今の魔法は!」

「こいつ、口の中を攻撃してきやがる!」

「嫌すぎる!」

 少女が、怯えた目で俺を見る。

「あ、あなたは……?」

 俺は言葉に詰まった。
 勇者でもない。
 魔法使いでもない。
 冒険者ですらない。

 そもそも、今の俺が何者なのかは俺にもわからない。

「俺は……」

 言いかけたところで、盗賊のひとりが口を開けた。

「な、なんだ今の魔法は!」

 その口の中に、もうひとつ銀色の光が見えた。

 ――所有銀歯を検出しました。

「……お前もか」

 俺は、静かに手を上げた。

「所有権、主張」

 少女を傷つけようとする盗賊への怒り。
 その感情を乗せた瞬間、銀色の光が揺れた。

「ぎゃああああああああ!」

 二人目の盗賊が、頬を押さえて転がった。

 結局、盗賊たちは全員逃げた。
 正確には、逃げたというより、奥歯を押さえながら転がるように去っていった。

「俺の歯が……俺の歯が爆発しそうだ……」

「この歯、もう俺のものじゃねえ……」

「……歯医者って、どこにいるんですか……」

 知らんがな。
 銀歯専門の歯医者は俺が聞きたい。

 助けた少女は、馬車のそばで震えながらも、俺に向かって深く頭を下げた。

「あ、ありがとうございます。助かりました」

「ああ、いや……無事でよかった」

「あなたは、高名な魔法使い様なのですか?」

「違います」

「では、聖騎士様?」

「違います」

「まさか、勇者様……?」

「違います」

 少女は、不思議そうに首をかしげた。

「では、あなたは……?」

 俺は少し迷った。
 この世界で最初に名乗る肩書き。
 できれば、かっこいいものがよかった。

 銀河を独占する男。
 世界を渡る者。
 神に選ばれし転生者。

 そのどれかだったはずなのに。

「……銀歯の所有者です」

「ぎんばの、しょゆうしゃ」

 少女は丁寧に復唱した。

 やめてほしい。
 異世界の第一村人みたいな子に、そんな肩書きを覚えられたくない。

 その時、俺はふと自分の奥歯に意識を向けた。

 そういえば、俺にも銀歯がある。
 小学生の頃に虫歯をやって、泣きながら治療されたやつだ。

「……これ、自分にも効くのか?」

 考えた瞬間、背筋がぞわっとした。

 効いたら嫌だ。
 ものすごく嫌だ。

 だが、気になる。
 気になってしまった。

「一回だけ。ほんのちょっとだけな」

 俺は覚悟を決め、自分の奥歯に意識を集中した。

「所有権、主張」

 何も起きなかった。

「……あれ?」

 痛みもない。
 違和感もない。
 奥歯が人生を否定してくる気配もない。
(てか奥歯が人生を否定するってなんだよ)

 もう一度、同じように試す。

「所有権、主張」

 やはり何も起きない。

「なんでだ?」

 答えは出なかった。
 ただ、盗賊に使ったときとは何かが違った。

 自分に使うとどうなるんだろうという好奇心で試しただけだ。

「……もしかして、スキルを発動するには対象への感情がないとダメなのか?」

 銀歯に感情を乗せる。
 嫌すぎる発想だった。

 その時、頭の中に、またあの感覚が走った。

 点。
 点。
 点。

 さっきまでとは比べものにならないほど、強い反応。

 北の空。
 鮮明ではないが、遠くの方にかすかに見える黒い城。
 その中心に、巨大な反応があった。

 ――高密度所有銀歯を検出しました
 ――推定対象:魔王レベル

「…………」

 俺は、ゆっくりと北の空を見上げた。

「魔王にも銀歯あんのかよ」