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第3話

第3話:銀歯、ただの銀歯じゃなかった

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 誰も、すぐには口を開かなかった。

 国王は、俺を見た。
 リリアも、俺を見た。
 大臣たちも、俺を見た。

 やめてほしい。
 俺だって、王家代々の銀歯を所有したかったわけじゃない。

「……つまり」

 国王が、慎重に口を開いた。

「我が王家に代々伝わる銀の治療跡が、アヤト殿のものになったと」

「たぶん、そうです」

「返せるのか?」

「できれば、俺も返したいです」

 正直すぎる答えだったのか、国王は少しだけ黙った。

「……できぬのだな」

「はい」

 場が、もう一度静まり返った。

 王家で代々伝わる伝統を、異世界から来たよくわからん男が所有してしまった。
 字面だけなら、かなりの大事件である。

 王家の伝統といっても実態は銀歯なのだが。

 その日は結局、俺が王家の伝統をどうこうしたという話にはならなかった。

 国王の歯痛が治まったこと。
 それだけは、誰の目にも明らかだったからだ。

 とはいえ、王家代々の銀歯が俺の所有物になったらしい、という事実まで消えたわけではない。

 結果、俺はそのまま王城に泊まることになった。
 歓迎というより、保留に近い扱いだった。

 そして翌朝。
 俺は王城の一室に呼び出された。

 部屋には、国王、リリア、数人の大臣、そして白いローブをまとった老魔導士がいた。

「アヤト殿。昨日の件について、説明せねばならぬことがある」

 国王は重々しく言った。

 俺は嫌な予感しかしなかった。

「王家の銀歯が俺の所有物になったという件ですか」

「うむ」

「できれば聞きたくないです」

「聞いてくれ」

 逃げ道はなかった。

 老魔導士が、ゆっくりと前に出た。

「この世界には、古い言い伝えがあります。歯は心臓に繋がっている、と」

「リリアさんからも聞きましたが、それって本当に繋がってるんですか?」

「わかりません」

「やっぱりわからないんだ」

「はい。ですが、昔から知られていることがあります。魔力の強い者ほど、歯の痛みや欠けに苦しむことが多いのです」

 老魔導士は、机の上に古い文献を広げた。

 そこには、口元を押さえた王や、牙の欠けた竜、頬を押さえる魔族の絵が描かれていた。

「歯を失うと、魔力が乱れる。そう伝えられてきました。ゆえに王族や魔導士たちは、歯を大事にしてきたのです」

「それで銀歯を?」

「いいえ。銀歯なのは、たまたまです」

「たまたまなんですか」

「銀は加工しやすく、丈夫で、富裕層にとって扱いやすい素材でした。高級な治療具として用いられてきただけです」

「じゃあ、この世界の人たちは、銀歯が重要だって知らずに使ってたんですか」

「そうなります」

「じゃあ、銀歯にした理由は、魔力とは関係なかったんですね」

 そこで、俺はふと疑問に思った。

「金歯という手はなかったんですか?」

 部屋の空気が、ぴたりと止まった。

「金歯、ですか」

 老魔導士が、聞き慣れない言葉を確かめるように繰り返した。

「王様なら、お金がないというわけではないでしょうし。銀が使えるなら、金でもいいのかなって」

 老魔導士は国王を見た。
 国王は大臣たちを見た。
 大臣たちは、互いに顔を見合わせた。

「……その発想は、ありませんでしたな」

「ないんですか?」

「初代国王が戦場で奥歯を砕いた折、銀で補った。それ以来、王家では歯を補うには銀を用いるものとされてきたのです」

「初代が銀を使っちゃったから」

「はい」

「それだけで王家の伝統になるんですか」

「なります」

「なるんだ……」

「伝統とは、そういうものです」

「歯の話ですよね、これ」

「歯の話です」

 老魔導士は、文献に目を落としたまま、ぶつぶつと呟きはじめた。

「しかし、金……。銀が魔力の乱れを受け止めるのであれば、金はどうなるのか」

「やめましょう」

「銀よりも魔力を留めるのか。あるいは、流しすぎるのか」

「研究を始めないでください」

 その瞬間、視界の端に表示が浮かんだ。

 ――未知治療素材の可能性を検出しました。
 ――分類:金。
 ――用途:歯科補綴ほてつ候補。
 ――所有権対象:未確定。

「なにそれ。金でもいいのか!?」

 銀歯だけでも手に余っているのに、今度は金歯の可能性まで出てきた。

 俺は異世界で、なぜ歯科治療の歴史を更新しようとしているのか。

「アヤト殿」

 国王が、真剣な顔でこちらを見た。

「その金歯とやらは、実用に足るものなのか?」

「俺に聞かないでください。元の世界で見たことがあるだけです」

「なるほど。異界の治療法か」

「そんな壮大なものじゃないです」

 老魔導士は、さらに目を輝かせていた。

「異界の金歯……」

「言葉にすると急に怪しいですね」

「これは研究する価値がありますな」

「今はやめましょう。俺の処理能力が追いつかない」

 銀歯の所有者になっただけでも意味がわからないのに、金歯の開発者にまでされたらたまらない。

 俺は、話を戻すように老魔導士を見た。

「それで、銀歯には何か意味があるかもしれない、って話ですよね」

「はい」

 老魔導士は、ようやく真剣な顔に戻った。

「あなたの力を見る限り、銀には我々が知らなかった役割があるのかもしれません。歯に宿る魔力の乱れを、銀が受け止めている。あるいは、魔力の流れそのものを留めている」

「急に神秘的な話になってきましたね。対象が銀歯なのに」

「対象が銀歯でも、です」

「そこは否定してほしかった」

 そのとき、リリアが小さく咳き込んだ。

「リリア?」

 彼女の顔色が悪い。

 昨日、盗賊に襲われたときの怪我は、治療を受けていたはずだ。
 だが、胸を押さえる手が、かすかに震えている。

「すみません。昨日から、少し息が苦しくて……でも、大したことではないと思っていました」

 老魔導士の表情が変わった。

「魔力が乱れています」

「治せるんですか?」

「通常の治癒魔法では難しいでしょう。傷ではありません。恐怖や緊張によって、魔力の流れが崩れている」

 俺はリリアを見た。

 彼女は苦しそうに息をしながら、それでも俺に心配をかけまいと微笑もうとしている。

 胸がざわついた。

 盗賊のときみたいに、怒っているわけじゃない。
 国王のときみたいに、痛みを取ってやりたいだけでもない。

 ただ、目の前で苦しんでいるこの子を、このままにはしたくなかった。

 その瞬間、視界の端に表示が浮かんだ。

 ――所有銀歯を検出しました。
 ――対象:リリア。
 ――状態:魔力乱調、呼吸不安定。
 ――推奨対応:所有権主張による魔力流安定。

「リリアにも銀歯あるんですか」

「昔、奥歯を治療したことがあります……」

「この世界、思ったより銀歯率高いな。まあ王家の伝統が銀歯ということもあるだろうしな」

 俺はリリアの前に膝をついた。

「ちょっとだけ、力を使う。痛かったら言ってくれ」

「はい……」

 俺はリリアの銀歯に意識を向けた。

 ただの命令では動かない。
 自分の銀歯に試したとき、何も起きなかった。

 必要なのは、相手に向ける感情だ。

 盗賊を止めたときは、怒りだった。
 国王を助けたときは、放っておけないと思った。

 そして今は、助けたいと思っている。

「所有権、主張」

 銀色の光が、リリアの口元から胸元へ、細く流れた。

 乱れていた呼吸が、少しずつ落ち着いていく。
 震えていた手から力が抜け、リリアの表情がやわらいだ。

「……楽に、なりました」

 俺は大きく息を吐いた。

「よかった」

 老魔導士が、静かに言った。

「やはり、その力はただ銀歯を操るものではありません」

「ただ銀歯を操る力でも十分嫌なんですけど」

「今は、助けるために働きました。ですが、同じ力が、相手を壊す方向にも働くでしょう」

 俺は黙った。

 盗賊相手に使ったとき、俺はそこまで深く考えていなかった。
 国王の歯痛を治したときも、目の前の痛みをどうにかしたいだけだった。

 でも、これはたぶん、思っていたより危ない力だ。

「俺、けっこう危ないことしてたんだな」

「はい」

「そこは少しぼかしてほしかった」

 老魔導士は、部屋の奥に広げられていた地図へ視線を向けた。
 北の山脈の向こうに、黒い印がつけられている。

「そして、魔王にも銀歯がある可能性が高い」

「でしょうね。俺も反応見ました」

 昨日、巨大な反応が表示された。
 推定対象、魔王。

 忘れたかったが、忘れられるわけもない。

「魔王の不死性は、心臓に宿る魔力を絶えず循環させることで成り立っていると言われています。その要が、もし歯にあるのだとすれば」

「魔王の命、奥歯にかかってるんですか?」

「可能性はあります」

 戦い方が嫌すぎる。

 国王が立ち上がった。

「アヤト殿。そなたに頼みたい」

「言わないでください」

「魔王の銀歯をなんとかしてほしい」

「やっぱり言った!」

 俺は椅子から立ち上がりかけた。

 だが、リリアがまっすぐこちらを見る。

「アヤトさん。魔王軍は、すでに国境の村々を襲っています。このままでは、多くの人が傷つきます」

 その言葉に、俺は黙った。

 銀歯。
 歯磨き。
 所有権主張。

 どれもふざけている。

 でも、盗賊を止めた。
 国王の苦しみも救った。
 リリアの息も整えられた。

 くだらない力でも、使い方次第で誰かを助けられるのかもしれない。

「……わかりました」

「アヤト殿」

「ただし、俺は戦えません。前線に出てもすぐ死にます」

「それについては問題ない」

 扉が開いた。

 入ってきたのは、剣を背負った青年と、杖を持つ少女、鎧姿の大男だった。

「勇者パーティーだ」

 国王が言った。

 勇者は爽やかに笑った。

「君が銀歯の所有者か。噂は聞いている」

「噂になるの早すぎない?」

「魔王討伐に協力してほしい。戦闘は僕たちが引き受ける。君は、魔王の銀歯だけを頼む」

「作戦の一点が嫌すぎる」

 だが、断る理由もなかった。

 そのとき、俺の前に新しい表示が現れた。

 ――銀歯ポイント制度が解放されました。

「……なんだこれ」

 表示には、さらに説明が続いた。

 ――神界救済措置により、所有銀歯に関する人助け、問題解決、魔力異常修正などを行った場合、銀歯ポイントを獲得できます。
 ――獲得したポイントは、各種生活スキル、冒険スキル、転移スキルなどと交換できます。

「救済措置……?」

 俺は天井を見上げた。

 たぶん、あの神さまだ。
 少しは申し訳なく思っていたらしい。

 交換リストを見る。

 《言語理解》:100GP
 《収納》:300GP
 《生活魔法》:500GP
 《身体強化》:800GP
 《転移》:5000GP
 《転生転移銀河独占》:99999999GP

「最後のやつ、最初にもらうはずだったやつだろ」

 遠い。
 あまりにも遠い。

 だが、希望はある。
 銀歯で稼いで、いつか銀河に戻る。

 意味はわからないが、目標はできた。

 そのとき、リストの端に小さな項目が見えた。

 《糸ようじ召喚》:10GP
 《歯磨き粉生成》:30GP
 《白い歯》:50GP

「最初の三つ、絶対いらないだろ」

 空の向こうから、神さまの気まずそうな視線を感じた気がした。