← ただの陰キャの俺を、クラスの美少女が全力で護衛してくるんだが?

プロローグ

プロローグ

本文フォント
文字サイズ

「見つけました」

 高校の入学式を終え、昇降口で上履きを脱いでいた俺に、いきなりそんな声が背後から聞こえてきた。

 顔を上げる。

 知らない女子が立っていた。

 少し明るい色の長い髪に、整った顔。制服を着ているだけなのに、妙に目立つ。

 おお、かわいい……。

 いや、待て。

 誰だ。

「……何をですか?」

「あなたを」

「俺を?」

「はい」

 人違いではないらしい。

 女子は俺の顔をじっと見たあと、安心したように小さく息を吐いた。

 どこかで見た気がする。

 いや、こんな美少女と知り合いなら、さすがに忘れない。

「あの、どちらさまで……」

神代くましろです」

 神代くましろ

 そこでようやく思い出した。

 今日、首席入学者として新入生代表の挨拶をしていた女子だ。

 入学式が終わったあとも、廊下ですれ違うたびに何人も振り返っていた。男子だけではない。女子まで「あの子、すごくない?」と話していたくらいだ。

 その神代が、なぜか俺の前に立っている。

「今日から、私がします」

「……はい?」

 聞き間違いかと思った。

「護衛です」

「いや、そこは聞こえてます」

「では問題ありません」

「問題しかないです」

 神代は少しだけ首を傾けた。

 本当に分かっていないらしい。

「えっと、まず何から守るんですか」

「危険からです」

「その危険が何かを聞いてるんですけど」

「それは言えません」

「なんでですか」

「知らないほうが安全なので」

 会話は成立している。

 成立しているはずなのに、俺には何ひとつ理解できていない。寝落ち寸前の会話でも、もう少し中身がある。

「俺、何か事件に巻き込まれてます?」

「いいえ」

「誰かに狙われてるとか」

「今のところは」

「今のところ?」

 怖い言い方をするな。

「じゃあ、護衛はいらないんじゃないですか」

「必要です」

「なんで」

「私が必要だと思っているので」

 理由が全部、神代の中だけで完結している。

 俺は靴を履き終えると、立ち上がった。

「すみません。たぶん誰かと間違えてます」

「間違えていません」

「でも俺、神代さんと話したことないですよね」

「高校では」

「高校では?」

 神代は答えなかった。

 代わりに、俺の肩越しに昇降口の外を確認した。左右を見て、それから一歩だけ俺に近づく。

「帰りますか?」

「帰りますけど」

「では、送ります」

「いや、大丈夫です」

「大丈夫かどうかは私が決めます」

「俺に決めさせてください」

 入学初日から、首席の美少女と何の話をしているんだろう。

 周りを見ると、まだ残っていた新入生たちがこちらを見ていた。目が合うと、全員が慌てて逸らす。

 最悪だ。

 高校では目立たずに過ごすつもりだったのに、初日から予定が崩れ始めている。

「神代さん」

「はい」

「本当に、俺が誰か分かってます?」

 念のため名字を名乗った。

 神代は間を置かず、俺の下の名前まで続けた。

 合っている。

「生年月日も言えます」

「言わなくていいです」

「住所も」

「なんで知ってるんですか?」

「護衛対象なので」

「だから、その護衛対象になった理由を聞いてるんですって」

 神代は少し黙った。

 さっきまで何を聞いても迷わず答えていたのに、そこだけはすぐに返さなかった。

「……昔」

「昔?」

「あなたに助けてもらいました」

 まったく心当たりがない。

 小学校の頃から目立つほうではなかったし、誰かを助けて感謝されるような出来事も記憶にない。

「俺が?」

「はい」

「神代さんを?」

「はい」

「人違いでは?」

「違います」

 断言された。

 神代はそう言ったきり、それ以上は話そうとしない。

「何があったんですか」

「まだ言いません」

「まだ?」

「思い出すかもしれないので」

「思い出さなかったら?」

「そのとき考えます」

 困るのは俺なのに、ずいぶん落ち着いている。

「とにかく、今日は一人で帰ります」

「送ります」

「大丈夫です」

「送ります」

「家、知ってるんですよね?」

「はい」

「それが一番怖いんですけど」

 結局、校門までついてこられた。

 俺が止まれば神代も止まり、歩けば半歩後ろをついてくる。振り返るたびに、何事もなかったような顔をしていた。

 校門を出たところで、俺はもう一度足を止めた。

「神代さん」

「はい」

「明日からは普通にしてください」

「分かりました」

 意外と素直に返ってきた。

 これなら何とかなるかもしれない。

「では、明日は教室の外から警戒します」

「普通の意味、分かってます?」

 分かっていない顔だった。

 俺はそれ以上話すのを諦め、逃げるように帰った。

 角を曲がる前に一度だけ振り返ると、神代はまだ校門の前に立っていた。

 何を考えているのか分からない、いつもの澄ました顔で。

 俺が見えなくなってから、神代は小さく息を吐いた。

 そして、誰にも聞こえない声でつぶやく。

「ほんと、あなたは昔から変わっていませんね」

 その口元には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。