← ただの陰キャの俺を、クラスの美少女が全力で護衛してくるんだが?
第2話
第2話︰護衛なら友だち作りを邪魔しないでください
一時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。
先生が教室を出ていく。
俺は教科書を閉じながら、反射的に神代の席を見た。
さっき本人が「休み時間になったら迎えに来ます」と宣言していたから、チャイムと同時にこっちへ来ると思って、少し身構えていたのだ。
だが、来ない。
それどころか席にもいなかった。
いつの間に教室を出たんだ。
護衛対象には単独行動をさせないくせに、自分は何も言わずに消えるらしい。
ずいぶん自由な護衛だな。
「ねえねえ」
急に後ろから声をかけられた。神代の声じゃない。
驚いて見上げると女子が三人、俺の机の周りに立っている。
教室の真ん中あたりで話していたグループだ。入学してまだ二日目なのに、すでに何年も一緒にいるようなテンションで盛り上がっている。
ちょっとギャルっぽい。
こういう距離の詰め方が早い女子は、正直あまり得意ではない。
でも、ここで露骨に避けるのもまずい。
入学二日目で女子三人から「話しかけづらいやつ」と認定されたら、俺のクラスでの数少ない居場所がなくなる気がする。
挨拶くらいはしておこう。
「神代さんと知り合い〜?」
「え、ああ……まあ」
「中学が同校とか?」
「いや、中学は別」
「でも、結構親しめな感じだったよ? あっ、親戚だったり〜?」
「違う」
「じゃあ~もしかして彼女〜?」
「違う違う。昨日、初めて話した」
三人が顔を見合わせた。
「昨日初めて話して、今日もうあんな感じなの?」
「昨日より大胆になってる」
「えっ、認めるんだ」
「まあ……まだ受け止め切れてはいないけど、あんな神代を前にして、昨日よりは落ち着いて対応できてると思う」
「自分で言うんだ」
「まだ二日目だぞ?? かなり頑張ってるだろ俺」
「何それ、ウケる~」
「神代さんって、君のこと護衛してるんでしょ?」
「一応、本人はそう言ってる」
「護衛っていうか、もう彼女じゃない?」
「彼女なら護衛って言わなくない?」
「でも、あの距離感は普通じゃないって」
「絶対なんかあるよね」
「あるある」
三人だけで話が進んでいく。
俺の話をしているはずなのに、俺だけ完全に置いていかれていた。
「あれだけ美人だったら、ちょっとうれしくない?」
「まあ、それは……」
「ほら、うれしいんじゃん」
「そりゃ、美少女から話しかけられて嫌な男はいないだろ」
「素直でかわい〜」
「でも神代さんって、男子からめっちゃ告白されてるんでしょ?」
「そうそう。昨日だけで三人とか聞いた」
「全員振ったらしいよ」
「なのに、えっと……」
先頭の女子が、そこで言葉を止めた。
「名前、何だっけ?」
やっぱり知られていなかった。
「小鳥遊隼です」
「たかなし?」
「小鳥が遊ぶって書いて、たかなし」
「へえ、珍しー。じゃあ、はやっちね」
「決まるの早くない?」
「隼だから、はやっち」
「そのまますぎるだろ」
「でも、かわいくない?」
「かわいいかわいい」
「はやっちって顔してる」
「どんな顔だよ」
「なんか、はやっち」
三人が笑う。
俺は何もしていないのに、あだ名だけが決まった。
はやっち。
正直、自分で名乗るのは絶対に無理だ。
ただ、悪い気はしなかった。
女子三人に囲まれて、普通に話しかけられている。
俺の人生で、そう何度も発生するイベントではない。
「はやっちって、彼女いたことある?」
「急に踏み込んでくるなぁ」
「ないの?」
「……ないけど」
「やっぱり」
「やっぱりって何」
「でも神代さん来たし、これからじゃん」
「来たって何だよ」
「春来たね〜」
「来てない。頼んでもねえし勝手に護衛されてるだけだ」
「それ、建前じゃない?」
「絶対そう」
「神代さん、ずっとはやっちのこと見てたし」
「見てた?」
「教科書逆さまにしてまで」
「あれは俺も見た」
みんなもあれを見ていたのか。
それはそうか。入学初日から複数の男子に告白されるような美人で、しかも首席の神代が、冴えない陰キャの俺にかまっている。注目されないほうがおかしい。
「じゃあ、はやっち相手だとだけああなるってこと?」
「待って、それ結構強くない?」
「強い強い」
また三人だけで盛り上がり始める。
それでも、ちょっと楽しい。
話題のほとんどが神代なのは惜しいけど、クラスメイトと話せていることには変わりない。
もしかして俺、高校では普通に友達ができるのでは?
神代以外の女子と話せる機会はこれを逃すともうないだろう。せっかくのチャンスを逃すわけには……。
「小鳥遊さん」
背後から声がした。
女子三人の視線が、一斉に俺の後ろへ移る。
振り返ると、神代が立っていた。
いつもの澄ました顔で、俺の机を囲んでいる三人を順番に見ている。
「お……おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
「どこに行ってたんですか?」
「少し野暮用がありまして」
「野暮用?」
「お手洗いです」
「最初からそう言ってください」
神代は答えず、俺の椅子のすぐ横へ立った。
近い。
「あ、神代さん。はやっちと知り合いなんだね」
「はやっち?」
神代が俺を見る。
「今つけられました」
「そうですか」
声はいつもどおりだった。
なのに、なぜか俺の袖を指先でつまんだ。
「神代さん?」
「小さな糸くずが付いていました」
神代は袖から糸くずを取り、そのまま俺の肩に付いていた別の糸くずまで払った。
顔が近い。
さっきまで女子三人と話していたはずなのに、急に神代しか視界に入らなくなる。
髪から、ほんのり甘い匂いがした。
おっと。
危うく、ときめきかけた。
「……神代さん、あの、近いです」
「取れませんので、動かないでください」
「もう取れてません?」
「まだです」
「さっきから同じところ触ってません?」
女子三人が、にやにやしながらこちらを見ている。
「やっぱり仲いいじゃん」
「彼女じゃないって言ってたけど、神代さんは好きそう」
「ちょっ――」
「違います」
神代が即答した。
返事が速すぎる。
俺まで少し傷つきそうになった。
「今の即答、逆に怪しくない?」
「事実と異なる情報だったので訂正しました」
「へえ〜」
三人の笑顔が深くなる。
神代は俺の肩から手を離すと、一歩前へ出た。
「もうすぐ次の授業が始まります。準備をされたほうがよろしいかと思います」
「まだ七分もあるよ?」
「予習ができます」
「うちら予習しないし」
「でしたら、これを機会に始めてください。次は数学です。教科書の十九ページからですので、先に例題へ目を通しておけば授業も理解しやすくなります」
「急にめっちゃ喋るじゃん」
「必要な説明です」
「神代さん、真面目すぎ〜」
「ノートも準備してください」
「分かった分かった。戻るから」
三人は笑いながら、自分たちの場所へ戻ろうとする。
先頭の女子が振り返り、俺に手を振った。
「またあとでね、はやっち」
「あ、うん。また」
すると、神代が間髪を入れずに続けた。
「次の休み時間は、私との予定がありますので」
その場にいた全員が、たぶん同じことを思った。
どうせ護衛だろう、と。
三人は顔を見合わせたあと、楽しそうに笑いながら席に戻っていった。
待て。
今の、友達を作る絶好の機会じゃなかったか?
「神代さん」
「何ですか?」
「いつから護衛は、ご主人様より前に出るようになったんだ?」
神代の目が少し大きくなった。
しまった。
勢いで言ったけど、普通に気持ち悪い。
「……ご主人様?」
「そこだけ繰り返さないでください」
神代は口を開きかけたまま、俺を見ている。
引かれた。
完全に引かれた。
「いや、今のは忘れてください。友達ができそうだったのに追い払われて、ちょっと腹が立っただけなので」
「追い払ってはいません」
「七分前から授業の準備をさせるのは、一般的には追い払うと言うんです」
「ですが、あの方たちは――」
神代は何かを言いかけ、口を閉じた。
「何ですか?」
「……いえ。申し訳ありません」
「急に素直ですね」
「次からは、小鳥遊さんがお話しになっている間は待ちます」
「分かってくれたならいいですけど」
「ただし、危険だと判断した場合は介入します」
「友達候補を危険人物に含めないでください」
「善処します」
「信用できない返事だな」
神代はまだ少し驚いた顔をしていた。
引いたというより、単純にびっくりしただけなのかもしれない。
「それより、ちょっと一話より口数多くなってない?」
「えっ、一話って何ですか?」
「……何でもないです」
まだちょっと言っていることはよく分からないけど、昨日より会話ができるようになってきた気がする。
「ところで、小鳥遊さん」
「何ですか?」
「先ほどから何度か時計を確認していますが、お手洗いではありませんか?」
「そこまで見てたんですか」
「護衛対象の様子を把握するのも必要なことです」
「行くつもりではありましたけど、一人で行けます」
「休み時間の廊下は人が増えます。階段付近では急いでいる生徒と接触する可能性もありますし、男子用のお手洗いの中までは同行できませんので、せめて入口まではご一緒します」
「急にすごい説明するじゃないですか」
「説明が足りないと、小鳥遊さんが納得しないので改善しました」
「改善はしてる。してるけど、トイレに美少女がついてくる問題は何も解決してないです」
「中には入りません」
「当たり前だ。てか、俺は入口でも嫌なんですけど」
「安全より優先する理由ですか?」
「高校生活ではかなり優先度が高いです」
神代は少し考えたあと、今度は俺の袖口を掴んだ。
「では、なるべく目立たないように同行します」
「その状態が一番目立つんですよ」
「離れると危険です」
「まだ教室です」
「もうすぐ廊下に出ます」
「そういう問題じゃないです」
神代が袖を引く。
「休み時間は、あと五分です。急ぎましょう」
「一人で行けますって」
「小鳥遊さんは、昔からそう言います」
その言葉に、足が止まった。
「……昔?」
神代は一瞬だけ黙る。
「何でもありません。行きましょう」
「今、ごまかしましたよね?」
「時間がありません」
「あるでしょう、五分も」
「五分しかありません」
俺の質問には答えず、神代は袖を掴んだまま歩き出した。
結局、俺はクラス中の視線を浴びながら、神代に連行されるように教室を出ることになった。
友達を作るより先に、護衛対象としての立場だけが着実に固まっている。