← 家の前に死神が落ちていたので、人生終了かと思いきやどうやら隣人が狙われてます!
第1話
第1話
夕方六時
家の前に、死神が落ちていた。
比喩ではない。
黒い布を頭からすっぽり被り、顔には真っ白な仮面。
「なんだコイツ」
どう見ても怪しい。
魔物? 魔族?
でも、こんな奴見たことも聞いたこともないしな。
なんかクソでかい鎌持ってるし。
一瞬、衛兵を呼ぼうかと思った。
でも衛兵小屋、街の一番端だったな。
行くのめんどくせえ。
それに、なぜかコイツから怖さは感じなかった。
だから、保護してみることにした。
「……タツケテクダツァイ」
「え? なに?」
いや喋った。
普通にビビった。
あと、声がめちゃくちゃ高かった。
「今のボイチェンでしょ」
「違イマス」
地声らしい。
そうは思えないが。
「絶対ボイチェンでしょ」
「死神ノ声デス」
「いや今のは機械の音だったでしょ」
「機械デハ有リマツェン」
若干疑わしいが、とりあえず信じてみることにした。死神の声なんて聞いたことがないし、答え合わせのしようがない。
「じゃあ何だっていうのさ」
「…………」
「…………」
「子ども?」
「死神デス」
「子どもの死神?」
「死神デス」
そこは譲れないらしい。
私は中央市場の袋を提げたまま、自宅の門扉の前で立ち尽くしていた。
「で、何してるの?」
「ニンゲンノ命ヲ迎エニ来マチタ」
「うちに?」
「…………」
死神は黙った。
「え、うち?」
「……多分」
「多分で来るなよ!」
思わず市場の袋を落としかけた。
家には私しかいない。
つまり、こいつが本当に死神なら――。
「私、死ぬの?」
「ソレハ分カリマツェン」
「じゃあ何しに来たんだよ!」
「オ迎エデス」
「誰の!?」
「ソレヲ確認ツル前ニ、力尽キマチタ」
なんでだよ。
死神だろ。
人の命を迎えに来て、自分が先に力尽きるな。
「と、とりあえず……水いる?」
「頂キマス」
「飲むんだ」
「死神ヲ何ダト思ッテイルンデツカ」
「死神だと思ってるから聞いたんだよ」
仕方なく家へ入れた。
冷蔵庫から麦茶を出して振り返る。
死神は正座していた。
しかも、めちゃくちゃ姿勢がいい。
「はい」
「アリガトウゴザイマス」
コップを差し出す。
死神は受け取った。
仮面をつけたまま。
「…………」
「…………」
「どうやって飲むの?」
「…………」
死神が固まった。
「仮面取れば?」
「取レマツェン」
「なんで?」
「顔ニ貼リ付イテイルノデ」
「怖っ」
「失礼デツネ」
「いや怖いでしょ!」
結局ストローを渡した。
仮面の口元に小さな隙間《すきま》があるらしく、そこから器用に飲み始める。
「生キ返リマチタ」
「死神が生き返るな」
「元気ニナリマチタ」
「いや両方変だよ」
元気になった死神は、麦茶を二杯飲んだ。
ついでに私が買ってきたプリンも食べた。
「それ私の」
「美味チイデス」
「聞けよ」
「死神ハ甘イ物ガ好キナノデ」
「知らんがな」
三十分後。
なぜか死神はソファでテレビを見ていた。
「……帰らないの?」
「仕事ガ有リマス」
「仕事しろよ」
「ソノ前ニ少シ休憩ヲ」
「めちゃくちゃ休んでるだろ」
死神は無言でテレビを見続けた。
バラエティ番組だった。
芸人が巨大な風船を割っている。
ぱぁんっ、と大きな音が鳴った。
「ワッ」
死神の肩が跳ねた。
「死神が風船にビビるなよ」
「驚イタダケデス」
「死神なのに?」
「死神ニモ心ハ有リマスヨ」
「へえ」
「繊細《せんさい》ナンデスヨ」
「人の命迎えに来る職業が?」
「職業差別デスカ? 最近ソウイウノ問題ニナルラシイデスヨ」
めんどくさい死神だ。
それからさらに一時間。
夕飯まで食べた。
「オカワリ」
「お前もう帰れよ」
「死神ヲ追イ出スンデスカ?」
「お迎えに来た相手の家でカレー三杯食う死神がどこにいるんだよ!」
「此処ニ」
「自己紹介すんな!」
私はとうとう死神から仕事用らしき紙を奪《うば》った。
「もう私が確認する!」
「アッ」
「住所は?」
「其処ニ書イテアリマス」
「名前は?」
「其処ニ」
「じゃあ最初から見ろよ……」
紙を開く。
住所を見る。
私は首を傾げた。
もう一度見る。
自宅の住所を見る。
紙を見る。
「…………」
「如何シマシタ?」
「これ」
「ハイ」
「うちじゃない」
「エッ……」
「大樹通りの、三つ目の角から四軒目――」
窓の外を見る。
寄りかかったら崩れそうな、あってもなくても変わらない頼りない塀。
その向こう。
隣の家。
「四軒目」
「…………」
「うちは三軒目」
「…………」
死神が固まった。
私は紙を指差した。
「隣じゃん」
「…………」
「お前、家間違えてんじゃん!」
死神は勢いよく立ち上がった。
「失礼ツィマチタ!」
「待て待て待て!」
玄関へ走る死神の黒い布を掴む。
「何デスカ!? 急ガナイト!」
「誰を迎えに行くんだよ!」
「ソレハ守秘義務デス!」
「なんだよ! そこだけしっかりしてんの腹立つな!」
死神は玄関で靴を履いた。
黒い靴だった。
というか死神って靴履くんだ。
「デハ!」
「お、おう……」
「麦茶、御馳走様デチタ!」
「おう」
「カレーモ!」
「おう」
「プリンモ!」
「それは返せ」
「デハ!」
死神は飛び出していった。
私は玄関に立ったまま、その背中を見送る。
そして――。
三秒後。
死神が戻ってきた。
「どうした」
「…………」
「忘れ物?」
「イエ」
「じゃあ何」
死神は少しだけ俯いた。
「オ隣ッテ」
「うん」
「ドッチデスカ?」
「お前、死神やめろ」
翌朝。
玄関を開けると、死神がいた。
「…………」
「…………」
「なんでいるの?」
「死神、辞メテキマシタ」
「早いな!?」
死神は昨日と同じ真っ白な仮面で、昨日と同じ高い声で言った。
「ニンゲンノ命ヲ迎エニ行クノ、向イテナイ気ガシマチテ」
「一晩で人生決めるなよ」
「死神生デス」
「どっちでもいい」
「ソレデ」
「うん」
「行ク所ガ有リマツェン」
「…………」
「…………」
「だからって、なんでうちに来るんだよ」
「カレーガ美味シカッタノデ」
「帰れ」
「帰ル所ガ有リマツェン」
「じゃあ隣行けよ」
「キマズイデス」
「そりゃそうだろ」
こうして。
うちには死神が住み着いた。
正確には、元死神が。
ちなみに三日後。
綺麗な花を買ってきたとか言って部屋に飾り始めたので、死神のセンスを試してやろうと思った。
「ワア、トッテモカワイクテ綺麗ナ花デスネ」
と言うので確認してみると、
まさかの仏花だった。
やっぱコイツ、死神だな。
全然それっぽくないけど。